日本財団 図書館


 

る。懸濁している有機粒手も含めて海洋中にある有機物の大部分は、植物プランクトンなどの海洋で生育する生物が作り出したものである。これらの生物の重さの約半分は炭素から出来ているが、現在、地球の環境を大きく変えていく可能性のある元素としてこの炭素が特に注目されている。これは石油等のいわゆる化石燃料を燃やすことにより大気中に蓄積してきた二酸化炭素が、地球全体の気温を上昇させるおそれが出てきたからである。この石油の多くは長い地質年代を通じて浅い海底などに蓄積した生物由来の有機炭素を主成分とすることがわかっている。
二酸化炭素のように大気中に蓄積されて、気温などの気候に影響を与える気体を温室効果気体と呼んでいるが、二酸化炭素は人間活動によるこれらの温室効果気体の約2/3を占めている。大気中に人間活動により放出されてくる二酸化炭素は自然の循環の中にあらかじめ組み込まれておらず、地球上のどこかでこの二酸化炭素を吸収する量が増えなければ、そのすべてが大気中に蓄積してくるはずである。ところが現在、石油などの化石燃料に由来する二酸化炭素の約半分しか大気に蓄積しておらず、残りは、海洋あるいは陸上の生態系によって吸収されていることがわかっている。今年まとめられた「気候変動に関する政府間パネル](IPCC)の報告書によれば、地球表層に吸収された二酸化炭素の半分以上を海洋が担っていると考えられている。
海洋への二酸化炭素の吸収は大気と接している表層で初め起こるが、二酸化炭素は表層の植物プランクトンによって生物体の有機炭素あるいは炭酸カルシウムの殻に変えられる。さらにそのかなりの部分が平均の水深が約4,000mもある海洋の中・深層に比較的速やかに運ばれているようである。この海洋深部への有機炭素の輸送に、植物プランクトンをはじめとする表層での食物連鎖と、それとリンクして作られる生物の死骸などが集まった懸濁あるいは溶存有機物の生成・変質の過程が密接に結び付いていることが最近の研究でわかってきた。すなわち表層のわずか100m以浅で作られた有機炭素を海洋の深部へ効率よく運ぶのには、懸濁粒子が大きいほど沈降速度が早いため、マリンスノーのような肉眼でも見える巨大な懸濁粒子の生成は大きな意味を持ってくるわけである。さらにこのようなマリンスノーは植物・動物プランクトン、バクテリアなどの生物によって作られあるいは壊されていく。従って海洋の内部で微細な生物群集が行う営みが、地球の環境を制御するのに大きな貢献をしているのである。私たちはこのような生物の働きによる二酸化炭素に由未する炭素の深海への輸送を「生物ポンプ」と名付けている。様々な生物群集が海洋という環境の中で生活することによって生じる有機物との相互作用について、ここでは特に非生物を主体とした肉眼的な大きさのマリンスノーから、電子顕微鏡でやっと観察できる1mmの百万分の1の大きさの懸濁コロイド粒子までの、色々な大きさの懸濁粒子の海洋中での動きに焦点をあてて紹介することにする。
2. 海洋中に浮遊する生物および生物起源の有機物はどのように分けられるか?
水中には様々な大きさの生物が生活していることは、ネットによるプランクトン採集あるいは、採水器でくみ上げられた海水の顕微鏡観察で古くから知られていた。「しんがい2000」の潜水中でも投光器に眼を光らせたエビ類やアミ類など多くの生物を見ることができる。しかし海の中に大きさが1mmの千分の1にも満たない生物が数多く生活していることがはっきりしてきたのは、この20年位のことであった。海洋の研究の場合、新しい研究手法が導入されることで知見が飛躍的に増えることがよくあるが、この場合の新兵器は70年代の後半になって海洋生物の研究に導入された落射式の蛍光顕微鏡であった。この顕微鏡は生物などの微小な物体に、様々な波長の光をあて、そのエネルギーを受けて生じる蛍光の光を感度よく見ることのできるように開発された顕微鏡である。植物プランクトンのように光合成のための色素を持っている場合は、これらの色素が光を受けて赤や、だいだい色の蛍光を発するのでそのままでも容易に観察ができる。しかしバクテリアのように色素を持っていないものが多い場合でも、蛍光色素を付けてやることにより、普通の光学顕微鏡よ‘)はるかに高感度でその数や大きさについて観察することができるようになった。バクテリアの観察の場合、よく使われる蛍光色素は、バクテリアの持つ遺伝子のDNAと結合して青色の蛍光を発するため、顕微鏡で覗くと満天の星空を見ているようで、初めて顕微鏡を覗いた学生には忘れ難い光景となる。その観察の結果は目覚ましいもので、海洋の表層には海水1ml当たり1mmの千分の1にも満たないバクテリアが10万から100万匹もおり、さらにこれらのほとんどが単独で生活していることが明らかになった。
さらに80年代の後半になって画像解析の技術が進むことによって、大きさが1mmの1万分の1にも満たない

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION